宅建業の免許が下りて、はじめての売買の仲介。重要事項説明の準備も契約書も整えて、あとは契約日を待つだけ。
「お客さんの免許証、コピーを取っておけばいいんだよね?」
実は、売買の取引には、宅建業法とは別の法律で決められた「本人確認」の義務があります。それが犯罪収益移転防止法(正式には「犯罪による収益の移転防止に関する法律」)です。銀行で口座を作るときに本人確認書類を求められるのと同じ仕組みが、不動産の売買にもかかっています。
宅建業者は、この法律で「特定事業者」とされていて、売買のときにはお客さんの本人確認をして、その記録を7年間残さなければなりません。
この記事では、宅建業で開業した人が押さえておきたい本人確認の3つのルールを、宅建士の私が条文の原文をもとに解説します。
なぜ開業した人ほど「本人確認」を見落とすのか
宅建試験ではほとんど出てこない
私自身、宅建試験には5回目でようやく合格しました。けれど勉強中に、犯罪収益移転防止法の本人確認を意識したことはほとんどありませんでした。試験の範囲は宅建業法・民法・法令上の制限・税が中心なので、合格した人ほど「知らない法律」になりやすいのです。
会社員時代は、会社の仕組みがやってくれていた
不動産会社に勤めていれば、本人確認の書式や保管のルールは会社が用意してくれています。ところが一人で開業すると、その仕組みを自分で作らなければなりません。
鳶の現場で言えば、元請けの安全書類の仕組みに乗っていたころは何も考えずに済んだのに、自分で請けるようになった途端、書類の作り方から保管まで全部自分の仕事になる。それと同じです。

ルール①|売買では「誰と取引するのか」を確認する
対象は「売買」と、その代理・媒介
犯罪収益移転防止法の2条2項42号で、宅建業者は「特定事業者」に入っています。そして本人確認(法律では取引時確認と呼びます)が必要になるのは、宅地や建物の売買契約の締結、またはその代理・媒介のときです(4条・別表)。
ここで大事なのが、賃貸の仲介や交換は、この法律の本人確認の対象外だということ。宅建業法の規制はかかりますが、犯罪収益移転防止法の義務はかかりません。開業してまず賃貸の仲介から始める人は、売買を初めて扱うときに思い出してください。
確認する4つのこと
4条1項で確認が求められているのは、次の事項です。
- 本人特定事項|個人なら氏名・住居・生年月日、法人なら名称と本店の所在地
- 取引を行う目的|自分で住む、投資用、事業用など
- 職業|法人なら事業の内容
- 実質的支配者|法人の場合、その会社を実際に支配している人の本人特定事項
確認書類は「顔写真つき」が基本
運転免許証やマイナンバーカードなど、顔写真のある本人確認書類は提示を受ければ足ります。一方、顔写真のない書類しかない場合は、もう1点、別の本人確認書類か公共料金の領収証などの補完書類も見せてもらう必要があります。なお、マイナンバーカードの裏面(個人番号)は書き写したりコピーしたりしないよう注意してください。
確認のタイミングは、売買契約を結ぶときが原則です。仲介の場合は、その前の媒介契約を結ぶときに済ませておいてもかまいません。媒介契約の結び方とセットで覚えておくと、流れの中で自然に確認できます。
なお、本人確認の方法は今後見直しが進められていて、対面でもICチップの読み取りを求める方向の改正が報じられています。開業したら、最新の方法を国土交通省や警察庁の案内で確認しておくのが安心です。

ルール②|確認したら「記録」を作って7年間残す
確認記録と取引記録の2つ
本人確認をしたら、それで終わりではありません。6条で、確認した内容や、確認のために取った措置を「確認記録」として、直ちに作成することが義務づけられています。さらに7条で、取引の日付や内容などを「取引記録」として作成することも求められています。
保存期間はどちらも7年
確認記録は契約が終わった日などから、取引記録は取引の日から、どちらも7年間保存しなければなりません(6条2項・7条3項)。
宅建業法の帳簿の保存期間(原則5年)とは長さが違うので、同じ箱に入れて同じタイミングで捨ててしまわないよう注意が必要です。私なら、取引ごとのファイルの表紙に「確認記録:◯年◯月まで保存」と書いておきます。
確認記録の様式は、公益財団法人 不動産流通推進センターが参考様式を公開しています。一から作らず、まずはそれを使うのが近道です。

ルール③|「おかしい」と感じたら届け出る。社内の仕組みも作っておく
疑わしい取引の届出
8条では、取引で受け取ったお金が犯罪による収益ではないか、と疑われる場合に、速やかに行政庁へ届け出ることが義務づけられています。宅建業者の届出先は、免許を出した国土交通大臣または都道府県知事です(22条)。
たとえば、取引の目的や資金の出どころの説明が不自然、売買代金を多額の現金で持ち込みたがる、本人確認を極端に嫌がる、といったケースです。「なんとなく変だな」を、そのまま流さないことが大切です。
違反すると「是正命令」、従わなければ罰則
本人確認・記録の作成と保存・疑わしい取引の届出に違反していると、行政庁から是正命令が出されることがあります(18条)。その命令に違反すると、2年以下の拘禁刑もしくは300万円以下の罰金、またはその両方です(33条)。
一人でも「自分ルール」を書いておく
11条では、社員への教育、本人確認の手順をまとめた規程づくり、責任者の選任などに努めるよう定められています。一人で開業した場合でも、A4一枚で「売買のときはこの書類を見る・この様式に書く・この棚に7年保管する」と書いておくだけで、うっかりを防げます。
今日からできること|「売買チェックリスト」に1行足す
開業準備で作る売買のチェックリストに、次の3行を足しておきましょう。
- □ 買主・売主の本人確認(顔写真つき書類・取引目的・職業)をした
- □ 確認記録・取引記録を作った(保存期限を表紙に書いた)
- □ 不自然な点はなかったか、ひと呼吸おいて振り返った
開業の手続きを一つずつ整えるなら、お金まわりの準備も早めに。開業の第一歩は弥生のかんたん開業届(無料)で。画面に沿って入力するだけで、開業届と青色申告承認申請書が作れます。
免許を取ったあとの手続きについては宅建業で開業したら“30日以内”の届出に要注意|変更の届出で処分されない3つのルール、営業初日までに事務所にそろえるものは宅建業の開業、免許が下りたら終わりじゃない|営業初日までに事務所へそろえる3つのものにまとめています。
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まとめ|本人確認は、お客さんと自分を守るための手続き
宅建業で開業したら押さえておきたい本人確認の3つのルールをおさらいします。
- ルール①|売買とその代理・媒介では、氏名・住居・生年月日、取引の目的、職業などを確認する。賃貸の仲介は対象外(犯罪収益移転防止法4条・別表)
- ルール②|確認したら確認記録と取引記録を作り、7年間保存する(6条・7条)
- ルール③|疑わしい取引は免許権者へ届け出る。違反して是正命令にも従わなければ2年以下の拘禁刑もしくは300万円以下の罰金(8条・18条・33条)
本人確認は、お客さんを疑うための手続きではありません。「なりすまし」や「犯罪のお金」に、自分の会社とまじめなお客さんが巻き込まれないための手続きです。
4回落ちても諦めずに取った資格だからこそ、開業してからの一件一件を、胸を張れる取引にしていきたいと私は思っています。地味な確認ほど、いざというときに自分を守ってくれます。

