気に入った部屋が見つかって、契約書に判を押す直前。書類の一番上に「定期建物賃貸借契約書」と書いてあるのに気づかないまま、そのまま署名してしまう——。賃貸の現場で、いちばん多い「あとで困る」パターンがこれです。
ふつうの賃貸なら、2年経てば更新料を払って住み続けられます。ところが「定期借家(定期建物賃貸借)」は、期間が来たら更新がなく、そこで契約が終わります。大家さんが「出ていってください」と言える正当な理由も要りません。
私は宅建士として賃貸の契約実務に関わってきましたが、この制度は知っていれば怖くないのに、知らないまま契約すると生活ごと巻き込まれるタイプのものです。しかも、貸主側が手続きを一つ飛ばしていれば「更新できない」という約束そのものが無効になる、という逃げ道まで法律に用意されています。
この記事では、部屋を借りる前に必ず見てほしい①契約書の名前 ②別紙の事前説明書 ③出口のルールという3つのチェックに絞って解説します。
「定期借家」はふつうの賃貸と何が違うのか
まず、ふつうの賃貸(普通借家)がなぜ更新できるのかを確認します。借地借家法26条1項は、期間の定めがある建物賃貸借について、当事者が期間満了の1年前から6か月前までの間に「更新しない」旨の通知をしなければ、従前と同じ条件で契約を更新したものとみなすと定めています。いわゆる法定更新です。
さらに28条で、貸主から更新を拒絶するには「正当の事由」が必要とされています。大家さんの都合だけでは追い出せない、という借主保護の仕組みです。そして30条が、これらに反する特約で借主に不利なものは無効とダメを押しています。
この強い保護を、契約で外せるようにしたのが定期借家です。借地借家法38条1項を見てみます。
期間の定めがある建物の賃貸借をする場合においては、公正証書による等書面によって契約をするときに限り、第三十条の規定にかかわらず、契約の更新がないこととする旨を定めることができる。(借地借家法38条1項)
ポイントは「書面によって契約をするときに限り」という条件つきである点です。口約束では成立しません。なお2項で、契約が電磁的記録でされたときは書面によってされたものとみなす、と電子契約にも対応しています。
定期借家の特徴を、普通借家と並べて整理します。
- 更新 … 普通借家は原則更新される。定期借家は更新がなく、期間満了で終了する
- 契約期間 … 普通借家は1年未満だと「期間の定めなし」扱いになる(29条1項)。定期借家は38条1項後段でこの規定が適用されず、半年や3か月の契約も有効
- 貸主の正当事由 … 普通借家では更新拒絶に必要。定期借家では不要(期間が来れば当然に終わる)
- 家賃の増減請求 … 普通借家は32条で請求できる。定期借家は借賃改定の特約があれば32条が適用されない(38条9項)
ここまで読むと借主に不利な制度に見えますが、悪いことばかりではありません。転勤で数年だけ空く持ち家、建て替えが決まっているマンション、取り壊し予定の物件などは、定期借家だからこそ貸しに出せます。結果として同じ条件の普通借家より家賃が安く設定されていることがあるのも事実です。「2年で確実に転勤する」と分かっている人なら、むしろ得な選択になります。
問題は、長く住むつもりの人が、気づかずに定期借家を選んでしまうこと。だからこそ、契約前の3つのチェックが効きます。

チェック① 契約書の「名前」と、更新の一文を見る
いちばん簡単で、いちばん見落とされるのがこれです。契約書の表紙のタイトルを読んでください。
- 「建物賃貸借契約書」 … ふつうの賃貸(普通借家)
- 「定期建物賃貸借契約書」 … 定期借家
たった3文字の違いですが、住み続けられるかどうかが変わります。タイトルが紛らわしい場合は、条文の中に「本契約は更新がなく、期間の満了により終了する」という趣旨の一文があるかを探してください。この一文こそが38条1項の「更新がないこととする旨の定め」です。
そして、不動産会社が仲介に入る取引なら、重要事項説明の段階で必ず告げられることになっています。宅地建物取引業法35条1項14号ロを受けた同法施行規則16条の4の3第9号は、建物の貸借について、借地借家法38条1項の適用を受ける賃貸借をしようとするときはその旨を説明しなければならないと定めています。同じ条の第8号では「契約期間及び契約の更新に関する事項」も説明事項です。
つまり重要事項説明書のどこかに「定期借家である」と必ず書いてあるはずだということです。読み飛ばさず、宅建士に「これは定期借家ですか、普通借家ですか」と口に出して聞いてください。ここで曖昧な答えが返ってくる会社なら、契約そのものを考え直す材料になります。
これから部屋を探す方は、内見の段階で「この物件は定期借家ですか」「定期なら期間は何年で、再契約は想定していますか」の2つを聞くだけで、この記事のトラブルはほぼ避けられます。募集図面の「契約形態」欄に小さく書かれていることも多いので、そこも合わせて見ておきましょう。

チェック② 契約書とは別に「事前説明書」をもらったか
ここが、この記事でいちばん知ってほしいところです。定期借家には、貸主側にもう一つの義務が課されています。借地借家法38条3項を見てください。
第一項の規定による建物の賃貸借をしようとするときは、建物の賃貸人は、あらかじめ、建物の賃借人に対し、同項の規定による建物の賃貸借は契約の更新がなく、期間の満了により当該建物の賃貸借は終了することについて、その旨を記載した書面を交付して説明しなければならない。(借地借家法38条3項)
契約書に「更新なし」と書くだけでは足りず、契約する前に、別途その旨を書いた書面を渡して説明することまで求められています。4項で、借主の承諾があれば電磁的方法での提供も認められています。
では、これを怠るとどうなるか。38条5項がはっきり書いています。
建物の賃貸人が第三項の規定による説明をしなかったときは、契約の更新がないこととする旨の定めは、無効とする。(借地借家法38条5項)
「更新がない」という部分だけが無効になり、契約自体は普通借家として生き残る——つまり、更新できる賃貸に変わるということです。借主にとっては非常に強い救済です。
「契約書と一体になった説明」ではダメ
実務で争点になるのが、「契約書の中に説明条項を入れておけばいいのでは?」という点です。これについては最高裁の判断があります。
最高裁判所 平成24年9月13日判決は、38条の事前説明に必要な書面は、契約書とは別個独立の書面でなければならないと判示しました。しかもこの事件の借主は不動産会社で、契約書案を事前に検討しており、更新がないことを実質的には理解していたと見られる状況でした。それでも最高裁は形式的・画一的に「別個の書面が要る」と判断したのです。
理由はシンプルで、この手続きの目的が「更新の有無をめぐる紛争そのものを未然に防ぐこと」にあるからです。分かっていたかどうかを後から探るのではなく、最初から形で担保する。そういう設計になっています。
ですから、借主として確認すべきはこうです。
- 契約書とは別の1枚として、「この契約は更新がなく、期間満了で終了します」と書かれた書面を受け取ったか
- それは契約書に署名する前に渡されたか(「あらかじめ」が条文の要件です)
- 重要事項説明書とも別の書類か(重説は宅建業法上の書面で、38条3項の書面とは別物です)
もし受け取っていないなら、その契約は「更新できない」という部分が無効になる可能性があります。契約書のコピー、受け取った書類一式、説明を受けた日付のメモは、必ず保管しておいてください。いざというときの唯一の証拠です。

チェック③ 出口のルール(終了通知・中途解約・再契約)
定期借家だと分かったうえで契約するなら、最後に「どう終わるか」を押さえます。
貸主からの「終了通知」には期限がある
38条6項は、期間が1年以上の定期借家では、貸主は期間満了の1年前から6か月前までの間に、借主に対して終了する旨の通知をしなければ、その終了を借主に対抗することができないと定めています。
言い換えると、通知が来なければ、期間が過ぎても「出ていけ」とは言えないということです。ただし、ただし書きがあります。通知期間を過ぎてから通知した場合でも、その通知の日から6か月を経過すれば終了を対抗できる。忘れていた大家さんが半年遅れで通知しても、そこから半年後には終わるわけです。
借主側からすると、「終了通知が来た日」が次の引越しのカウントダウン開始日になります。通知が来たら日付を記録し、すぐに部屋探しを始めてください。なお、期間が1年未満の定期借家にはこの通知義務がありません(条文が「期間が一年以上である場合」と限定しています)。短い契約ほど、自分でカレンダーを管理する必要があります。
途中で出たくなったとき
定期借家は原則として中途解約できません。期間まで家賃を払う契約だからです。ただし、居住用には例外があります。38条7項です。
第一項の規定による居住の用に供する建物の賃貸借(床面積が二百平方メートル未満の建物に係るものに限る。)において、転勤、療養、親族の介護その他のやむを得ない事情により、建物の賃借人が建物を自己の生活の本拠として使用することが困難となったときは、建物の賃借人は、建物の賃貸借の解約の申入れをすることができる。(借地借家法38条7項・抜粋)
条件を整理すると、①居住用であること ②床面積200平方メートル未満であること ③転勤・療養・親族の介護その他やむを得ない事情があること ④そのために生活の本拠として使えなくなったこと。この4つを満たせば解約を申し入れられ、申入れの日から1か月を経過することで契約が終了します。
そして38条8項が、6項・7項に反する特約で借主に不利なものは無効としています。契約書に「一切中途解約できない」と書いてあっても、上の条件に当てはまる場面ではその特約は効きません。ここは覚えておく価値があります。
逆に言えば、転勤でも介護でもない「なんとなく引越したい」は対象外です。一般的な賃貸のように「1か月前に言えば解約できる」とは限らないので、定期借家を選ぶときは期間の長さを慎重に決めてください。
「再契約できますよ」は約束ではない
営業トークでよく出るのが「更新はできませんが、再契約は可能です」という説明です。ここは冷静に受け止める必要があります。
更新と再契約は法的にまったく別物です。更新は前の契約が続くこと。再契約は、期間満了で一度終わった後に、あらためて新しい契約を結ぶことです。新しい契約なので、貸主が断れば終わりですし、応じてくれても家賃や条件は上げられる可能性があります。契約書に「再契約することができる」と書いてあっても、それは「する」という確約ではありません。
また、再契約は新しい定期借家契約ですから、事前説明書の交付・説明(38条3項)も、もう一度必要です。再契約のときに1枚の書面も渡されなかったなら、そこでも5項の無効の話が出てきます。
引越しが視野に入るなら、早めに動くほど選択肢が増えます。私自身、引越しのタイミングで電気とガスのプランを見直して年間1万円以上変わった経験があります。切り替えは無料で、比較自体は5分ほどで終わります。終了通知が来てからでは慌ただしいので、いま契約形態を確認したついでに、固定費のほうも一度のぞいておくと落ち着いて動けます。
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まとめ
賃貸の「定期借家」で住む場所を失わないための3つのチェックを、もう一度整理します。
- ① 契約書の名前と更新の一文を見る … 「定期建物賃貸借契約書」なら更新はない。重要事項説明でも必ず告げられる(宅建業法施行規則16条の4の3第9号)。内見時に「定期ですか」と聞くのがいちばん早い
- ② 契約書とは別の事前説明書をもらったか … 借地借家法38条3項。渡されず説明もなければ、5項で「更新がない」という定めは無効。最高裁平成24年9月13日判決は、契約書とは別個独立の書面が必要だと判示している
- ③ 出口のルールを押さえる … 期間1年以上なら満了の1年前〜6か月前に終了通知(38条6項)。居住用200平方メートル未満なら転勤・療養・介護等で中途解約でき1か月で終了(38条7項)。再契約は約束ではない
この3つの中で、いますぐ効くのは①の「名前を見る」です。契約書の表紙を読むだけで、2年後の自分の住まいが決まります。所要時間は5秒です。
そしてもし、すでに定期借家で契約してしまった方は、②を思い出してください。契約書とは別の1枚を受け取っていないなら、あなたの契約は「更新できる賃貸」かもしれません。書類を引っ張り出して確かめる価値は十分にあります。
定期借家そのものは、悪い制度ではありません。短く借りたい人と、短く貸したい人を結ぶ仕組みです。危ないのは知らずに選ぶことだけ。契約書の名前、別紙の1枚、出口の日付。この3点だけ持って帰ってください。
【参考】借地借家法26条・28条・29条・30条・32条・38条(e-Gov法令検索)/宅地建物取引業法35条1項14号、同法施行規則16条の4の3(e-Gov法令検索)/最高裁判所第二小法廷 平成24年9月13日判決
