「中はきれいにリフォームしてあるし、見た感じ問題なさそう」——中古住宅の内見に同行していると、こんな言葉をよく聞きます。実際、水回りも壁紙も新しくなっていて、パッと見はほとんど新築のような物件も珍しくありません。
ところが引き渡しの半年後に、天井にシミが出た。床下を見たら土台が傷んでいた。そんな相談が、あとから持ち込まれることがあります。中古住宅でいちばん怖いのは、内見では絶対に見えないところなのです。
そこで用意されているのが建物状況調査(インスペクション)という仕組みです。2018年(平成30年)の宅建業法改正で、不動産会社に一定の対応が義務づけられました。ただ、この制度は「調査そのものが義務になった」わけではありません。ここを勘違いしたまま契約まで進んでしまう方が、本当に多いのです。
この記事では、宅建士の立場から、建物状況調査とは何か、そして中古住宅を買う前に確認したい3つのポイントを条文ベースで整理します。売主側の方にも、これから宅建試験を受ける方にも役立つ内容です。
建物状況調査とは「構造」と「雨漏り」を専門家が見る調査
まず、言葉の中身をはっきりさせておきます。宅建業法が定める建物状況調査は、次のように書かれています。
建物の構造耐力上主要な部分又は雨水の浸入を防止する部分として国土交通省令で定めるものの状況の調査であつて、経年変化その他の建物に生じる事象に関する知識及び能力を有する者として国土交通省令で定める者が実施するもの
(宅地建物取引業法 第34条の2第1項第4号)
ポイントは調べる範囲が2つに絞られていることです。「構造耐力上主要な部分」は基礎・柱・土台・梁・床・壁など、建物を支えている部分。「雨水の浸入を防止する部分」は屋根・外壁・開口部まわりなど、雨漏りに関わる部分です。
逆に言えば、設備が壊れていないか、シロアリがいるか、といった点は法律上の建物状況調査の対象ではありません。ここは調査会社のオプションになることが多いところです。
調査ができるのは「建築士」だけ
誰でも調査できるわけではありません。実施者の要件は施行規則にこう定められています。
- 建築士法第2条第1項に規定する建築士であること
- 国土交通大臣が定める講習を修了した者であること
(宅地建物取引業法施行規則 第15条の8)
この2つを両方とも満たす人だけが実施できます。一般には「既存住宅状況調査技術者」と呼ばれます。不動産会社の営業担当者が目視で見て回るのとは、まったく別物だと考えてください。

宅建業法は「調査を義務」にはしていない
ここが最大の誤解ポイントです。改正で義務づけられたのは、調査そのものではなく、不動産会社が行う3つの手続きでした。整理すると次のようになります。
| 場面 | 義務の内容 | 条文 |
|---|---|---|
| 媒介契約を結ぶとき | 調査を実施する者のあっせんに関する事項を書面に記載する | 34条の2 第1項4号 |
| 重要事項説明のとき | 調査を実施しているかどうか、実施している場合は結果の概要を説明する | 35条1項 6号の2イ |
| 契約書(37条書面)を渡すとき | 構造耐力上主要な部分等の状況について当事者の双方が確認した事項を記載する | 37条1項 2号の2 |
つまり不動産会社は、「調査する人を紹介できますよ」と伝える義務はあっても、調査を実施する義務は負っていません。買主が「お願いします」と言わなければ、調査は行われないまま契約日を迎えます。そして重要事項説明では「実施していません」の一言で終わります。
宅建試験でも狙われる論点です。あっせんの「有無」を書くだけであって、あっせんそのものが義務ではない——ここが引っかけどころなので、受験生の方は条文の語尾まで読んでおいてください。

見落としが起きる3つの理由
私が実際に見てきた範囲で、建物状況調査が使われないまま契約に至るケースには、だいたい共通の原因があります。
- 「法律で義務化された」と思い込んでいる……義務なのは会社側の手続きだけ
- 内見で判断できると思っている……構造と雨漏りは表面のリフォームで完全に隠れる
- 結果に有効期間があることを知らない……古い調査結果は重要事項説明の対象から外れる
③について補足します。重要事項説明の対象になるのは、実施後、国土交通省令で定める期間を経過していない調査結果に限られます。その期間は次のとおりです。
| 建物の種類 | 有効な期間 |
|---|---|
| 一般の住宅(木造の戸建てなど) | 1年 |
| 鉄筋コンクリート造・鉄骨鉄筋コンクリート造の共同住宅等 | 2年 |
(宅地建物取引業法施行規則 第16条の2の2)
「3年前に調査済みです」と言われても、それは重要事項説明で説明される「実施あり」には当たりません。資料としては参考になりますが、いまの状態を保証するものではないと考えてください。

購入前に確認したい3つのポイント
ポイント① 媒介契約書の「あっせん」の欄をその場で見る
仲介会社と媒介契約を結ぶとき、書面には必ず建物状況調査を実施する者のあっせんに関する事項が書かれています(34条の2第1項4号)。「無」に丸がついていることも普通にあります。
ここで「あっせんをお願いします」と口に出すだけで、話が動きます。手数料の話が出ることもありますが、まず紹介してもらえるかどうかを確認するのが第一歩です。自分で調査会社を探して依頼しても、もちろん構いません。
大事なのはタイミングです。買付を入れたあと、売買契約を結ぶ前に実施するのが原則。契約後に問題が見つかっても、手付金を放棄しなければ抜けられない状況になりかねません。
ポイント② 重要事項説明では「イ」と「ロ」の2か所を見る
重要事項説明書の既存建物に関する欄は、実は2段構えになっています。
- イ……建物状況調査を実施しているかどうか、実施している場合はその結果の概要
- ロ……設計図書、点検記録その他の書類の保存の状況
見落とされがちなのがロです。ここで確認できる書類には、確認済証・検査済証・建物状況調査の結果報告書・建設住宅性能評価書などが含まれます(施行規則16条の2の3)。
そして同条には、こんな規定もあります。その住宅が昭和56年5月31日以前に新築の工事に着手したものであるときは、耐震診断の結果報告書など「地震に対する安全性を確認できる書類」の保存状況も対象になる、というものです。
いわゆる旧耐震基準の目安がここに出てきます。昭和56年5月31日以前に着工した建物なら、耐震診断の書類があるかどうかを必ず聞いてください。書類が「無」なら、耐震の状態は誰も把握していないということです。
調査の結果、屋根や外壁に指摘が出ることもあります。私自身、建築の現場を見てきた経験から言えるのは、修繕費は業者によって驚くほど差が出るということです。1社の見積もりだけで判断せず、複数社を比べてから決めてください。
「同じ工事なのにこんなに違うのか」と実感したのは、私が実際に見積もりを並べたときでした。無料で比較できるので、指摘が出た方は一度試す価値があります。
ポイント③ 契約書に「双方が確認した事項」を残してもらう
最後は契約時です。既存建物の売買では、37条書面(契約書)に構造耐力上主要な部分等の状況について当事者の双方が確認した事項を記載することになっています(37条1項2号の2)。
ここが空欄のまま進むと、あとで「聞いていた・聞いていない」の水掛け論になります。調査で指摘があった箇所、売主が把握している不具合、修繕の履歴——分かっていることを文字にして残しておくことが、いちばんのトラブル予防です。
民法の契約不適合責任は、あくまで「契約の内容に適合しているか」で判断されます。契約書に書いてあることが出発点になる以上、この欄を丁寧に埋める意味は大きいのです。
まとめ|「見えない部分」にお金と時間を使う
今日のポイントをもう一度整理します。
- 媒介契約書の「あっせん」の欄を見て、その場で依頼する(34条の2第1項4号)
- 重要事項説明はイとロの2か所を確認する。旧耐震なら耐震診断の書類の有無まで(35条1項6号の2)
- 契約書の「双方が確認した事項」を空欄にしない(37条1項2号の2)
中古住宅は、内装や設備にはいくらでもお金をかけられます。でも、構造と雨漏りだけは買ってから直すと桁が変わります。契約の前に数万円と数時間を使って、専門家の目を一度入れておく。それだけで、その後の何十年かの安心がまったく違ってきます。
宅建試験を受ける方にとっても、34条の2・35条・37条の3点セットは頻出テーマです。「あっせんの有無」「実施の有無と結果の概要」「双方が確認した事項」という言い回しの違いを、条文のまま覚えておいてください。
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